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ゼロになる前の話

日常とかインターネッツとかの雑記

自分を変えると、自分が変わる

なんか自己啓発ブログみたいなタイトル。

4月に新入社員になりまして、
6月にうつになりまして、
7月に退職しました。
現在絶賛無職、絶賛うつ通院中です。

日々、死にたいと思います。
なんで生きてるんだろう。
私以外の人はちゃんと生活しているのに、どうして私は動けないんだろう。
どうしてダラけてしまうんだろう。
いつまで親の脛をかじるんだろう。
どうしてみんなは仕事ができるんだろう。電話が取れるんだろう。嫌な上司がいても平気なんだろう。
どうして私はそれができないんだろう。
うつが寛解しないまま再就職すると再発するというのを聞いて甘えてるだけなんだ。
生活をめんどくさがってサボっているだけなんだ。
卑怯で、最低で、どうしようもないクズだ。
だから友達から嫌われているんだ。
毎日ひとりぼっちなんだ。
私を必要としてくれている人なんかひとりもいない。
私じゃないとダメだなんて、誰からも思われていない。

毎日泣いて、動けなくて、
「また今日も何もできなかった。」と自分を責めて泣いて、
薬を飲んで寝る。
最近の日常はそんな感じです。

自分を変える

昔は「死にたい」と思ったらリストカットをしていました。
血を見ると、すっきりして、馬鹿らしくなって、楽しくなっていました。
アドレナリンが死への羨望や恐怖を吹っ飛ばしてくれるんだと思います。
でも、家族にバレてからは、あまりできなくなってしまいました。

バレてからもひどい時にはついリストカットしてしまっていたけれど、
普段つらくなった時にしていたのは、
髪を切ることや、マニキュアを塗ることピアスをすること指輪をすること
自分じゃない自分。
他人に見られた時の自分を、内面の自分とは違う人間にすること。

当時の髪はツーブロックで、金のメッシュを入れたアシンメトリーなベリーショート。
シルバーのごつい指輪をして、シルバーのごついピアスをして、爪は黒や紫、ミリタリーファッションで身を包んでいた。
自分の中の弱さを打ち消すために、コロコロ自分を変えていた。

変化を望まなくなった時から心の動きが減った

そんなミリタリ少年時代から数年経って、結婚や安定を考え始めた頃。
派手な服は着なくなり、無印良品ユニクロしか着ない時期が来ました。
心に落ち着きが出たといえば聞こえはいいけれど、
実際には、何にもときめかなくなってしまった。
そして、何に対してのやる気もなくなってしまった。

最近してることといえば断捨離です。
「断」をやめるとストレスになるので、完全に無駄なもの以外は許しています。
「捨」と「離」を進めています。
この「捨」の基準って、「ときめかないものは不要なもの」なんですよね。

その当時、身の回りのものすべてが不要に思えるのに、捨てるという行動すら起こせなかった。
最悪ですね。「なんでこんな部屋に住んでいるんだろう」って思うだけでなにもしないの。
できない、じゃなくて、しないの。
すべてがどうでもよくなってしまった。

自分を変えたい

その「すべてがどうでもよくなった」頃から、紆余曲折ありました。
紆余曲折あった中でも変わらないものがひとつ。
髪型です。
服、友達、環境、いろいろなものがめまぐるしく変わってきたけど、
髪型だけはそのままにしていました。
似合ってたし、気に入っていたのもあるんだけど。
それが、最近、自分の写真を撮ることが増えて、似合わないと気付いてしまったわけです。
めまぐるしく変わった世界で、変わらない髪型がいつのまにか似合わなくなっていた!
このアンバランス。

自分を変える。
今の自分にあった自分に、見た目から変えていく。
そういう感じです。

マニキュアもピアスも指輪も復活したので、いい傾向なのかなと思います。
泣きながらでも前を向いてれば、そのうち一歩を踏み出せるんでしょう。
早く踏み出さなきゃ!って焦って余計泣いてるので、それをまずやめたいな。