ゼロになる前の話

日常とかインターネッツとかの雑記

『医学教育 概論 (1)』を読んで思ったこと

私は医学生でも看護学生でもないのですが、そんな「医学生でも看護学生でもない」人にも有意な本だと思いましたので、ちょっと感想を書きます。

おおまかな内容

医療や医学教育の現状を話し、ではどうすれば良い医師になれるか?ということを、症例を踏まえて考えていく。というような内容です。
この辺は医療系の学生では無いので、興味が無ければ軽く読み流すとして。

プロローグの中で述べられている「大系」と「体系」の違いや、「細部から全体を見るのではなく、全体から細部へ見ていく」という、簡単に言えば「応用の効く」話はいくつもあります。
この辺が、記事冒頭で述べた「医学生でも看護学生でもない」人にも、という部分です。

いちばん心に残ったこと

第6課『診断とは患者の状態をその過程も含めて把握することである』の
(7) 『ココロのこもった会話ができるために医学生がやるべきこととは』にある、

相手の言葉を相手の立場で(自分の立場からではなく)、きちんと理解するように努め、そのような言葉にこめられた相手の本当の「ココロ」をわかろうと努力し続け、また自分の「ココロ」も、きちんと相手が納得できるまでの言葉で表現できるようにして、相手にわかってもらう努力をし続ける

という部分が、とにかくグサグサきました。

なぜグサグサきたの

昔話をします。
小学3年生の時にLivly IslandとRAK2ホームページに出会いました。学校から帰ればすぐにリヴリーとホームページ作りに勤しんでいました。そして中学1年生の頃にはリヴリー擬人化イラストサイトが全盛を迎えたのです。
そして○○SNSも大流行し、当然のように擬リヴSNSもできたのでした。
擬リヴ界隈は高校生以上も多かったため、擬リヴSNS上ではオフ会の話もちらほら。
ですが、自分は中学生ですので、オフ会に行きたいけど親から許可が出なかったり、ちょっとした発言でオフ会参加者との齟齬が起きたりして、実際に何人かで会うまでには至りませんでした。

中高と不登校だった私は、高校の頃twitterに出会って、MAXで 200tw/d を超えるくらいにtwitterにどっぷり浸かっていました。
......200tw/d って、睡眠以外は5分に1回呟くようなペースですね。
そして、オフ会にも行き、たくさんの人と出会い、たくさんのことを話してきたのです。

ネットユーザーならわかると思うのですが、twitterでよく齟齬や喧嘩が起こります。
140文字という制限、それ以上に、簡単につぶやけるというゆるさだと思います。
先日も「言いすぎたかな、あんな言い方しなければよかった、嫌われたかな」とものすごく落ち込みました。落ち込んで、アカウントを消しました。
もちろん、文章と会話とでは違うのですが、それでも言葉の表現での食い違いはよくあることです。

wikipediaの会話の項には、

片方が一方的に喋っていたり、お互いに相手の話題に関係なく自分の言いたいことを述べ合っているという「ラジオを2台ないしそれ以上並べて、別々の番組を流している」のと大差ないような場合は、会話の範疇には含まれない。このため会話の場合は「相手が話題を返し易いよう、その内容を選ぶ」という性質を持つ。

とあります。
簡単に言えば、相手にわかる話題をする、相手が言った話題を拾う、ということです。
これは前述したグサグサ部分、「相手の立場になり、相手の言葉を理解し、相手の本音を知ろうと努力する。自分の本音も、相手に納得されるまでの言葉で伝える努力をする。」と繋がってくることだと思います。

会話として成立するためには、相手の言葉を理解し、相手が理解できるように伝える、ということが重要なのです。
それは、診察をし、処方箋を決め、治療方法を決める、ということをたった3分の問診で行う、医師にとっては必須の能力であるということなのです。
そして、医師だけではなく、患者、一般人、イルカだって食べていくためには飼育員の言葉(動作でもありますが)を理解しなくてはいけないので、日常生活を送る上で重要なことなのです。

結局何が言いたいか

この本を読んで、自分の人間としての未熟さは、会話能力の低さもあると思いました。

私が話すと、よく主語が無くなります。「さっきの話の続きだから主語を省いても伝わるでしょ」という甘えからくることが多く、会話の流れによっては主語がなくても伝わりますが、もちろん伝わらないこともあります。
「伝わらない」場合を考えて、はなから主語を付けて話すことで、食い違いは1つ減るのです。

会話での言葉には気をつけたいと、強く感じた本でした。

おわり。